『遠野物語』から平地の人たちによる山に住む人々への差別がみられたが、山に住む人たちは、平地に住む人々のことをどのように考えていたのだろうか。
これは重要な視点ですね。例えば、近世に山中を移動しつつ、樹木を伐って器などを作成していた木地師集団は、その生業を歴代の権力者が保障したお墨付きを持ち、平地の人々との通婚を厳しく規制していました。これとよく似た文書を持ち、やはり移動と焼畑に従事していた中国西南のヤオ族は、一時期水田経営を強いられていましたが、やがて反乱を起こしてそれを放棄し、山中の生活に戻ってゆきました。人類学者・歴史学者のジェームズ・スコットは、中国西南部から東南アジアに及ぶこれら少数民族の活動を、王朝の支配や国家化に抗する文化として高く評価しています。山に暮らす人々は、平地の文化を否定していたわけではありませんし、交易などの交渉は持っていましたが、それで自分たちの生活文化が汚染され、解体してしまうことの恐怖をしっかりと認識していたようです。