五経博士は、儒教以外に、具体的にどのようなことを伝えたのでしょうか。

五経とは厳密にいうと、『詩経』『書経尚書)』『礼記』『周易易経)』『春秋』のことを指します。『詩経』とは、戦国諸国の国風歌謡や、貴族・朝廷の宴席、祭祀などで用いられた歌謡が収められています。かつては孔子が編纂したものとされ、各歌の背景には教訓、道徳や倫理の起源となる事実が存在すると考えられていました。『春秋』も同じで、春秋時代の歴史書ですが、簡易な文体の背景には歴史を貫く含意があるとみられていました。『書経』は戦国時代に至る政道の書、『礼記』は王侯士大夫の守るべき礼儀、『周易』は箴言の込められた卜占の書であり、いずれも変転する時代のなかで王権・国家を維持・発展させるために必須の思想とされました。そうしてこれらにいかに通じているかが、中華世界における王侯士大夫の教養として重要であり、夷狄とは異なる扱いを受けるうえで大切だったのです。しかし、いずれも思想的、文章的に難解であったため、それらに習熟し解説してくれる五経博士の存在はなくてはならないものでした。一口に儒教の伝来といっても、文字、文芸、その背景にある思想、礼儀・儀礼、中国史の知識とそれに対する洞察、卜占など、極めて多様で高度な文化の需要を意味したのです。