仏教の僧侶は、なぜ治水や灌漑の知識・技術を持っていたのですか。
当時、仏教は総合科学でした。仏教の思想は、まず世界をどのように捉えるか、世界を把握する人間の仕組みをどのように捉えるか深く考察してゆきますので、経典の内容は、哲学的なもの、論理学的なもの、化学や物理学、地学や生物学に属するもの、認識論や心理学など多岐にわたりました。そのなかには、寺院造営に関わる建築の知識のほか、菩薩行=救済事業の実践のために、種々の土木事業に関する知識・技術を有する者もあったようです。行基は渡来系氏族の出身で、そのネットワークがあり、彼らのうちには、それこそ土木技術に秀でた集団も存在しました。殖産興行的氏族として有名な秦氏、古墳造営などに携わっていた土師氏なども、そのなかに加わっており、行基の弟子を輩出していたのです。僧侶による灌漑施設の設置は、歴史上行基が初見であるようなので、仏教者としての総合的知識と、彼個人の血縁的・地縁的背景が生み出した試みといえるでしょう。