『古事記』は本文のみであるのに対し、なぜ『日本書紀』は一書、一書に分けて書かれたのですか。また、なぜ卑弥呼は両方の歴史書に登場しないのですか。

授業でもお話ししましたが、『古事記』は内廷的な書物であり、『日本書紀』は国家の正式な歴史書です。前者は宮廷社会においてのみ読まれていたと思われ、平安時代に至るまで記録は存在せず、その当初も『書紀』を読むための参考書と位置づけられていました。序文については偽作説が根強くありますが、その編纂の背景に天武天皇が存在したことはどうやら確かで、天皇の創出と律令国家の構築へ向けて王権を再編する際に、そのスタンダードな神話・歴史を整理しようとしたものと考えられます。後者は中国の正史に倣って編纂されたもので、公的な意味を持っていました。当時は神話も歴史も、中央/地方、大王/氏族の間で種々の齟齬があったと思われますが、とくに氏族や地方のアイデンティティーに関わる神話までは、未だ充分に統一整理することができなかったものと思われます。よって『書紀』の神話部分は、一応は王権の公式の伝承と定めた本文と、異伝としての一書を列挙する形式になっているものと思われます。