蘇我氏の人々は、ウマコやエミシ、イルカなどというように、およそ人ではない名前が付けられていて、これは『日本書紀』が改竄されたためだとの見解を読んだことがあります。歴史学的に信憑性はあるのでしょうか。

ありませんねえ。馬子の「馬」については、聖徳太子厩戸王の説明でもお話ししたように、古代においては王の権力、とくに軍事的な力の象徴でした。それを名称に持つのは、その人物の強力性、勇猛さを表現していると考えられます。エミシについても、実は「蝦夷」という漢字を当てはめられる以前のエミシについては、勇猛な人々との意味があったようです。当初、東国の人々をエミシと呼び習わしたのは、その地が肥沃であり、勇敢な人々が住むと考えられていたためです。よって奈良時代においても、佐伯今毛人=サエキノイマエミシなど、エミシ名を持つ中央貴族は存在します。蘇我氏の族長の名乗る名前として、まったく不思議はありません。ただし、「蝦夷」という漢字表記は、彼を貶める意味で使用した可能性はありますね。イルカについては、現在の海洋動物イルカを指すものか、あるいは鹿に関わりのあるものか不明ですが、シャチやイルカについては、古代人によって海の神霊、海の主と考えられていた形跡があります。また鹿は、弥生時代以降、地霊の代表的な存在でした。古代社会においては、動物は現在のように人間の道具ではなく、たとえ狩猟の対象となったりしても、尊び敬うべきものと認識されていたのであり、その名称を自らの名前とすることは世界的に確認できる現象で、別に貶めているわけではないのです。