塢堡の話のなかで、漢族・非漢族の双方を含み込む形になったとありましたが、それで住民間に摩擦などはあったのでしょうか。

当時の史料を読んでみると、例えば胡族王朝は文人官僚として優秀な漢民族を抱え込み、当初は後者に憧憬をみせつつも、次第に胡族アイデンティティを前面に押し出してゆきます。その際、漢族/胡族の間で種々の軋轢、紛争が起きているのは確かですが、それは両者がお互いを理解してゆく一道程であったともいえるでしょう。一方民間においては、胡族集団が漢族の村を襲撃し掠奪するケースがある反面、政治的・経済的・社会的に勢力の強い漢民族が、胡族ら少数民族を奴隷のように駆使するケースも多く見受けられます。塢堡などの非常緊急の状態にあっては、(もちろん多少の衝突・軋轢はあったと思われますが)お互いに協力しあったほうが生存しうる可能性が大きくなるわけですから、そうした実利的な面から融和が生じたものと考えるべきでしょう。