世界において、なぜ遠く隔たった地域によく似た神話が残されているのでしょう。人間の思考パターンが根本的に似ているからなのでしょうか、それとも長い年月をかけて伝わっていったからなのでしょうか。

一般的には、伝播論と環境決定論、現実的にはその間のグラデーションで考えています。まず、伝播論はいうまでもありませんが、一地域から別の地域へ、文化の形式が伝播してゆくという考え方です。しかし、何者かによって荷担され運ばれても、その形式に強いインパクトや評価が生じなければ定着しません。後者は、類似の環境下においては類似の文化が生まれうるという見方です。例えば、照葉樹林文化論という枠組みが提起されています。これは、中国西南部から日本列島西部にかけて分布する照葉樹林帯には、類似の衣食住など生活文化、神話など精神文化が分布しているという事実に基づき、生活の根本にあって文化を規定している植生が同じ場合(つまり、地形や気候も類似しているわけです)、それらを用いて衣服を作ったり、家を建てたり、食事を作ったりすることになるので、心性や感性も含めて類似のものが醸成されやすいと説明するわけです。この論には、「類似」をいうとき、例えば時代性を無視して古代と近現代を直結してしまうなど、課題や問題点もあるのですが、一定の蓋然性と説得力を持っています。これと伝播論を組み合わせ、歴史過程を丹念に復原してゆくことで、かかる現象の解明はある程度はできると思います。なお、心理学者のユングが称えたような、人間の心理には普遍共通の形式があるとする〈元型(アーキタイプ)論〉もありますが、立証するのはなかなか難しいでしょう。