ハンセン病が古代から忌み嫌われていたとすれば、彼ら独自のコミュニティは存在したのでしょうか。

残念ながら史料的に確認はできません。近代に至るまで、発症者は共同体に止まることができず、漂泊を余儀なくされる場合も多かったと考えられます。中世の『一遍上人絵伝』などにみるように、路傍に座り込むハンセン病患者の姿は、古代でも見受けられたでしょう。奈良時代前半に一般民衆への救済事業を展開した行基集団は、まず、路上に溢れる病者や飢え疲れる運脚夫、逃亡の役民たちを収容し、食物や医薬を支給する布施屋の設置を行いました。その対象には、恐らく漂泊のハンセン病患者も含まれていたと考えられます。仏教は一方で、ハンセン病を廃仏の業報とする差別的言説を喧伝してゆきますが、一種行基を模範と立てた叡尊や忍性のように、その救済に尽力する僧侶も出てきます。そうした人々による刺激を受けながら、次第に差別を受ける人々独自のコミュニティも起ち上がってくるものと考えられます。