『日本書紀』のような日本古代の史書が、『春秋』のような性格を持っていないのはなぜでしょうか。

ひとつには、日本列島においては、複数の古代国家が競合・興亡するという情況に至らなかったことに原因があります。周王朝末期の春秋・戦国時代は群雄割拠の時代で、ほんの少しの判断の誤りが、一族や王権、国家の滅亡を招来する危険性がありました。そうしたなかで、歴史を鑑として危機を回避することが重視されたわけです。古代日本にも、ヤマト王権に対する反対勢力は存在しましたが、それらが同一の条件で競合する事態には至っていませんでした。よってヤマト王権史書は、朝鮮諸国や中国王朝に対し、(一定の距離のある世界から)自国の正当性を主張する内容となっていったのです。