唯物史観にも、ランケの「神」のような絶対的基準はあるのでしょうか。

マルクスにおいてはそれほど教条的ではありませんが、やはりそれは法則性でしょうね。ランケの段階では曖昧な状態にあった神との関係は、マルクスにおいては科学的法則性の議論へ昇華されていると考えられます。