ブローデルが社会学と敵対していたとのことでしたが、それはなぜでしょうか。社会学と社会科学の相違もよく分かりません。

社会科学とは、ヨーロッパにおける学問のありようを3つに区分したときのカテゴリーの1つです。もともと人文科学として未分離であった学問から、科学革命を通じて自然科学が分離し、20世紀前後に集合性を扱う分野として社会科学が分岐します。まさにその流れのなかで、授業で扱ったデュルケームらの躍動があるわけですが、国家が莫大な費用を投じて知識階級を育てるフランスでは、それゆえに学問相互の主導権争いが盛んです。歴史学はその伝統的な立場を社会学に批判され、それを契機にアナール学派が誕生することになるわけですが、ブローデルの時代においては、いずれが社会科学の中心になるかをめぐって、社会学民族学との権力闘争が熾烈を極めるわけです。ブローデル社会学批判はそうした政治的な文脈でなされたもので、またアナールのなかにある社会学の影響を排除する意図もあったのだろうと思われます。