なぜ現在の日本人は、遺体の骨を大事にするのでしょうか? 仏教だと輪廻転生するわけですから、遺体はどうでもいいのでは?

人間の遺体に対する執着は、時代的な変遷をしつつも長い間持続していて、仏教思想などで原理的に処理できるものではなくなっています。まず縄文時代において、環状集落の中心に骨を集めて共同体結束のよりどころにしたとき、列島文化において、〈祖先〉の概念が誕生したと考えられています。その後、首長の遺骨が強烈な呪力の源泉とみられたり、時代や地域、階層によって種々の変動はありましたが、概ね神霊の受け皿のようにみられてきたことは動かないでしょう。古代中国に遡り、東アジア地域に広くみられる骨卜は、もともと供犠の獣を焼いていたその様態から神意を窺ったもののようですが、もともとその背景には、やはり骨に神霊が現れるとの認識が存在したものと考えられます。釈迦の遺骨を祀る舎利信仰も同根です。日本では、確かに中世に遺棄葬が一般化しますが、並行して洗骨再葬の習俗もみられます。どうも、一筋縄ではゆかないようですね。