アジールの例として縁切寺の話が出て来ましたが、これも室町後期になくなってしまうのでしょうか。とするとこれ以降、女性が男性と縁を切る自由は認められなくなってしまうのですか。

ごめんなさい、縁切寺=駆込寺は、江戸時代にもありますね。相模国鎌倉郡松ヶ岡の東慶寺と、上野国新田郡世良田村の満徳寺。これ以前にも、基本的に尼寺は縁切の機能を持っていたのではないかとの推測もありますが、やがて潰えてゆき、この二寺へと収斂してゆく。