マルクス主義の歴史に対する考え方は、民衆独自の創意工夫で自由な歴史が作れるという国民的歴史学運動と呼応していたようですが、普遍的法則の部分とは相容れない気がしたのですが。

確かに、矛盾もありますね。マルクス主義内部での位置づけとしては、民衆の自由な歴史叙述活動は、まさに「イデオロギーに自覚的になり社会を変革してゆく」実践の一環と位置づけられたわけです。すなわち、皇国史観を捨てて科学的歴史学を学び、民衆の歴史を構想してゆくことが、抑圧されてきた民衆のあり方を跡づけ、未来の変革へ向かってゆく重要なプロセスと考えられたのです。よって、大きな枠組みでは確かに法則のうちにあるのですが、局所局所では「解放」として機能した(あるいはしえた)ということです。