『日本書紀』はもともと『日本紀』が書名だったとする考えがありますが、その違いは何ですか?

六国史における奈良時代史書続日本紀』は、『日本書紀』の成立を語る最古の史料ですが、そこでは書名を『日本紀』としています。以降の六国史もみな『○○紀』という表記であり、『日本紀』が本来の書名だろうという見解が強くあります。しかし一方で、古写本がそのタイトルをみな『日本書紀』としており、先蹤となる中国正史にも『漢書』『後漢書』『魏書』…などとあることから、『書』の紀伝体叙述部分ということで、『日本書・紀』なのではないかとも考えられているのです。しかし、同書の直接的な素材となった「帝紀」「旧辞」の存在、前者がヤマト王権朝貢した六朝の歴史書東晋・袁宏『後漢紀』、干宝『晋紀』、訒粲『晋紀』、とくに『日本書紀』と同じく天地開闢から筆を起こしている、魏・荀悦『漢紀』、西晋・皇甫謐『帝王世紀』に基づいていることを考慮すれば、やはり『日本紀』が原書名なのだろうと、個人的には考えています。