今までの歴史のなかで、領域国家の抑圧に負けなかった民族は、存在しなかったのでしょうか?

歴史学者政治学者のジェームズ・スコットが研究している、中国西南部から東南アジアの山岳地帯に住む少数民族たちは、焼畑農耕や狩猟を主な生業に移動を繰り返し、突出した首長を持たない平準化された社会を営み、文字も持たず、歴史や神話をも柔軟に改変してゆきます。そうした種々の特徴は、彼らがかつて平地の稲作栽培民だった頃、中国王朝などの領域国家の支配から逃れるため、抵抗の手段として用いたものだと考えられています。共同体を分断し階級を構築する稲作を放棄し、支配の手に捕まりやすい文字や歴史を放棄し、平地の秩序が及ばない高地へと、移動に移動を重ねて逃亡する。彼らには潤沢な富も便利な機械文明もありませんが、領域権力に対して大切なものを守り抜き、「勝利」したといえるのではないでしょうか。