弥生時代の初期に大陸や半島からやって来た人びとと、縄文社会の人びとが平和的に融合した、その具体相を知りたい。
例えば、福岡市博多区の板付遺跡(縄文晩期〜弥生早期)からは、縄文時代の突帯文土器(夜臼式土器)と、朝鮮系の無文土器、この両方の特徴を持った土器=板付式土器(突帯文と無文の表面を持つ)が出土しています。すなわち、同遺跡にあった集落では、朝鮮系の文化と在来系の文化が融合し、クレオール的な、新しい文化の形式が誕生しているのです。また、付近の弥生(渡来系)系の集落から、縄文系の甕棺で埋葬された女性の遺骨が出土した事例もあります。恐らく、縄文系の女性が渡来系の集落の男性と婚姻関係を持ったものでしょう。このようなことから、一般的には弥生文化に対し遅れたものと考えられてきた縄文社会・文化にも、渡来してきた〈最新の〉文化を受容し発展させうる基盤があった、懐の広さ・豊かさがあったものと考えられています。