なぜ征夷大将軍のように、東を攻める将軍は優遇されたのですか。九州を平定するなど、西を攻める将軍には、どの程度の権限があったのですか。

府官制の問題でしょうか。将軍の場合、対処すべき事案によって与えられる権限に増減がありますが、単に制圧先が西か東かだけで待遇が変わるということはありません。古代から中世にかけての日本の場合、すでに九州については大宰府が置かれ制圧がある程度完了していたのに対し、東北については蝦夷の抵抗が長く続いていたために、征夷関連の将軍職が頻繁に現れるというだけのことです。南北朝時代には、南朝懐良親王征西大将軍に任命され、北朝側を鎮圧する征西将軍府を隈府城に開いています。これも幕府です。