先生はなぜアナーキストなんでしょうか? これまでアナーキズムを信じる人と会ったことがないので、気になりました。
初回か2回目の授業ですでにお話ししたのではないかと思いますが、歴史学者や、社会科学系の研究者にとって、現行の国民国家はひとつの過渡的システムに過ぎません。それがどのように成立してきたのか、その機能にはいかなる利点と、同時にいかなる問題、課題が存在するのかは、私たちにとって重要な研究テーマのひとつです。また、現在はこの点が頭打ちになってしまっていますが、国民国家のオルタナティヴを模索し、その方向を是正してゆくのは、人文・社会系の研究者にとって極めて重要な取り組みです。国家は、かりそめの存在、よりよい世界を創出するためのひとつのツール、プロセスに過ぎません。弊害が大きくなれば、どんどん修正し、場合によっては放棄すればよい。ゆえに、国家などにはアイデンティファイしないのです。アナーキズムとは、否定の接頭辞「an」+支配や権力を意味する「archie」の合成語で、すなわち「支配されない状態」を模索する政治思想です。日本では、戦前の大逆事件に対する「危険思想」というすり込みや、戦後の過激な武力革命闘争などと結びつけられることが多いので、何かいかがわしいイメージで語られがちですが、上記のような理由から、歴史学や社会科学系の研究者は、みな基本的にアナーキストでなければおかしい、ということになります。ぼくの尊敬する文化人類学者のデヴィッド・グレーバー(『負債論』など)も、同じく文化人類学者かつ歴史学者でもあるジェームズ・スコット(『ゾミア』など)も、アナーキストとして知られています(初回の講義で扱いましたね)。