神話という言葉を聞くと、昔に作られたというイメージを持ちます。いったい人びとは、いつから神話を、現代のようにあまり信じなくなったのでしょうか。科学が発達したからでしょうか。 / 多くの神話は紀元前に生まれたものだと思うが、神話は未成熟な社会でのみ作られるのか。

神話とは、簡単に定義すれば起源の物語です。現在われわれの目前にあるさまざまな事象の起源を、「なぜそれがそのようなのか、いつからそのようなのか」を、太古に遡る何らかの物語で説明するものです。しかし、このような神話は、普通一般に考えるように古代のみにあるのではなく、中世神話、近世神話、近代神話などが存在し(実際に、宗教学や文学、歴史学などで、これらを専門的に研究する領域があります)、また現代においても、「神話」もしくは「神話的機能」を果たす物語りが存在します。例えば列島社会においては、いわゆる国体、もしくは皇国史観が、近代神話として機能しました。「皇祖神アマテラスが、天皇の祖先であるニニギノミコトに、豊葦原中津国を天地と同じように限りなく支配せよ」との神勅を授けたという『日本書紀』の一節を、天皇制近代国家の根拠に据えたのです。伊藤博文自身がまとめた『大日本帝国憲法義解』から『国体の本義』に至るまで、すべてこの解釈で叙述されています。『日本書紀』や『古事記』の神話は、必ずしも天皇中心主義で書かれているわけではありません。その意味でこの近代神話は、古代神話を近代の政治的目的に合うよう作り変えたものです。果たしてこの近代は、「未成熟な社会」だったのでしょうか。科学技術の発達云々の議論がありましたが、科学もひとつの神話として機能します。東日本大震災でその内実が暴露された、〈原子力発電所安全神話〉などは典型的でしょう。与えられた情報を主体的に検証することなく、鵜呑みにしてしまうところに、神話のマイナスの機能(例えば、人の思考を束縛すること、何かを自明のものとして思考停止させること)は発現します。その意味で高度に進化した科学などは、専門化以外の検証を許さないという点で、神話に近い機能を発揮するものといえるかもしれません。