日本では、記紀神話がまったく活かされていないと仰っていましたが、建国神話と地域神話・民俗神話を同一に語れるのでしょうか。

まず、『古事記』や『日本書紀』を一読すれば分かると思いますが、これらはすべて建国神話として書かれているわけではありません。以前に別の質問に回答しましたが、これらは国家レベルの神話として再構成されたものではありますが、例えば『古事記』のほうには、氏族の始祖に関する神話、自然事象の起源神話、祭祀の成り立ちを語る神話など、天皇制とは異なる文脈のものも含め、多様な神話が収斂されています。そのなかには、多少編纂時の改編を受けていても、7〜8世紀に「世界を説明する物語」として機能していたものも、少なくなかったはずです。そういう意味で、かつては『古事記』『日本書紀』の神話も「生きて」いたわけです。それが、いまでは現実とは乖離した「物語り」としてしか認識されていません。もちろん、近代の帝国日本の時期のように、政治的に歪曲された形で利用されることもあり、それは近代神話としては「生きて」いても、古代神話としては「死んで」いる状態なので、一概に何らかの社会的役割を果たしていればよい、というわけでもありません。上の言葉は、「神話が活かされていない」ことへの批判のように聞こえたかもしれませんが、事実を述べただけで、批判の意図はまったくありません。