なぜ江戸時代は過剰に幻想化されるのでしょうか?

江戸時代の幻想化自体は、近代に始まります。いわゆる、近代化の揺り戻しとしての懐古趣味です。明治後期、失われてゆく情緒に対するノスタルジックな憧憬が、文化人を中心に始まりますが、そのなかで江戸期特有の苦しみや痛みは、忘れ去られてゆくことになるのです。戦後になると、今度は大日本帝国期の近代が、社会的な批判の対象になってゆきます。その際、近代の弊害は西洋思想の流入によるもので、それ以前の日本は牧歌的な平穏な時代であった、との認識が高まります。里山幻想、共生思想の喧伝などは、その典型でしょう。庶民の娯楽であった歌舞伎、演劇、映画、そしてテレビなどが、こぞって江戸時代を舞台にした時代劇を展開していったのも、大きな要因です。近代を批判する際、上の視点からも下の視点からも、江戸時代を持ち上げることが都合が良かった、ということに尽きるのではないでしょうか。