大正デモクラシーが続いていたら戦争はなかったかもしれない、と仰っていましたが、その場合、皇国史観にあたるものとしては何が考えられますか?

まず、同時期のドイツにおいて、ワイマール憲法に基づく民主的な体制からナチスが生まれてくることを考えても、世界恐慌からの復帰のために強固なナショナリズムが志向されることは、当時ひとつの必然だったのかもしれません。日本ではさらに関東大震災が重なり、民主的で自由な空気自体が破壊されて、戦時体制を準備してゆくことになります。しかし、世界恐慌は起こらず経済情況が安定し、震災もなかったならば、天皇機関説は一層安定し、帝国間の競合状態も鎮静化し軍縮へと向かい、軍部もやがては解体へと向かったかもしれません。政治体制は、世界全体が民主制を志向したならば、やがてはイギリス型の立憲君主制、すなわち名目君主制、実態議会制民主主義の政体へと移行したでしょう。しかし、その君主を神話によって正当化してしまったために、これを改めるには非常に長い時間か、半ば暴力的な変革を必要としたに違いありません。いうまでもなく、現実には後者が敗戦という形で達成されたわけですが、大日本帝国への回帰を願う人々に、「アメリカによる強制」という逃げ道を残してしまいました。実証史学の研究成果の積み重ねにより、時間をかけて明治・大正に構築された国体を相対化し、天皇を人間としての一君主(名目上)、もしくは神道の最高司祭に位置づけ直して祭政一致天皇制を廃止、平和的・理性的なプロセスによって民主主義国家を実現できれば、それが最も理想的だったでしょう。