革命イコール暴力的という考え方は、どこから生まれたのでしょうか?
「マルクス本人とは友だちになりたくない」「マルクス自身が国家を樹立したら、専制的になる」とお話ししましたが、実はマルクスは、共産主義国家を実現するためには、暴力革命とプロレタリアート独裁(しかも中央集権)が必要であると考えていました。それを踏襲したのがレーニン主義であり、ボルシェヴィキであったわけです。未だ帝国主義、植民地主義が隆盛であった当時としては、そうしなければ社会や国家のありようを変革することが難しい、と認識されていたためでしょう。そうしてマルクスやエンゲルスは、同じ社会主義者ながら政敵であったプルードンやバクーニンを謀略的に排除し、自らの思想を中心とした社会主義の組織を構築してゆくわけです。ぼくは思想的にはアナーキストなのですが、革命は人の認識においてなされるもの、それを言説の力によって拡げてゆくことが大切であると考えています。アナーキズムは、国家の問題点として、職業的政治家・官僚の出現が一般生活者との断絶を生み出し、間接民主制が永久に機能しないことを挙げています。ゆえに、行政(を行う者)と生活(者)を可能な限り近づけ、生活者たちが協働して自分たちで自分たちのために政治を行える、小規模な地域的まとまりを幾つも作る。その集団がそれぞれ交渉、協業、分担をなして社会を運営してゆく仕組みを構築してゆく。それが最も理想的かなあと。インターネットが発達した現在では、地理的に隔絶していても協業しうる土壌があり、例えばヨーロッパと日本の幾つかの集団が協働して政治を行ってゆくこともありうるわけです。そうすれば、既存の国民国家に基づく強固な差別構造、偏重構造は、かなり改善されるのではないかと考えています。