12/11の講義に際し、「オリンピックに際して老朽化した建物を再建することの何が悪いのか」とのリアクションがありました。これについては別の授業で講義していますが、その内容の一部をfacebookにアップしておきましたので、ここでも共有しておきます。

Olympic Flameの起源は、ギリシャ神話にみるプロメテウスの炎という。人間を憐れんだプロメテウスは、鍛冶神ヘパイストスの炉から火を移し取り、ゼウスの戒めを破って地上にもたらすが、それを受け取った人間は文明を発展させつつ、武器を造って戦争を激化させてしまう。罪を背負ったプロメテウスは、コーカサス山の頂に磔にされ、不死の肉体を持つがゆえに、ハゲタカに内臓を啄まれ続ける罰を受ける。彼の悲惨なありさまは、文明の持つ両義性を象徴しているが、Olympic Flameにも、そのアポリアが体現されているとみられよう。
オリンピックの聖火リレーが始まったのは、ナチスが政治利用したことで知られる1936年ベルリン大会である。当時ドイツ帝国体育委員会事務総長だったカール・ディームが、「オリンピックの火で古代と現代とを繋げる」と提案、ギリシャのヘラ神殿からブルガリアユーゴスラビアハンガリーオーストリアチェコスロバキアを経てベルリンに至る、3000人3075km踏破を実現した。いわばこのイベントは、ギリシャとベルリンを時間的・空間的に連結することで、ドイツが古典古代文明の正式継承者であることをアピールする祝祭だったといえよう。のちにドイツは、このルートを逆に南下して、ヨーロッパを侵略してゆくことになる。
翻って、2020年東京大会の聖火リレーはどうだろうか。昨年の報道によれば、3/26に福島楢葉町のJヴィレッジを出発、相双地区を中心に原発事故被災地域を辿り、以降太平洋側を沖縄まで南下、今度は日本海側を北海道まで遡って、最終的に東日本大震災三陸被災地域を巡りつつ、海路で静岡に入り東京に至るらしい。やはり、公募で集められた12000人の走者が、857市区町村を121日で回る一大イベントである。出発が3/26なのは、ギリシャでの採火を3/11に行うためで、「復興五輪」のテーマ性が前面に押し出されている。
Jヴィレッジについては、2016年に常磐線が一部開通した折、周囲を歩いた映像をこちらにもアップした。当時はまだ原発事故の処理拠点で、周辺にはフレコンバッグが山積しており、坂道を下り海岸部一帯にも仮置き場が広がっていた。政府は放射線の危険レベルを意図的に押し下げて住民を「帰宅」させ、フレコンバッグを「中間貯蔵施設」へ移して体裁を整えているが、小児甲状腺癌の発生率は増加の一途を辿っている。「復興五輪」が最悪の事故の糊塗に過ぎないことは、もはや誰しもが気づいていることだろうが、同地を中高生のランナーが走るのか…と考えると、その罪深さは計り知れない。辺野古の問題を考え合わせると、ルートにわざわざ沖縄が入っているのも頷ける。北海道については、開会式にアイヌの人々を参加させる話を仄聞しているが、すると昨年5月に「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」を施行したのも、オリンピックにおける「日本一丸アピール」のためだったのかと愕然とする。
マイノリティー抑圧と細民クリアランス、ジェントリフィケーションは、オリンピックをはじめとするメガ・イベントに必ず伴う環境破壊、社会関係の解体である。1968年メキシコ大会では、オリンピック開催に異を唱え自由と民主化を求めた学生、一般人らが、トラテロルコ地区のラス・トレス・クルトゥラレス広場で警察・軍隊に包囲され、一夜のうちに300人が殺害、2000人が投獄された。メキシコ政府はその事態を隠蔽、10日後に平然とオリンピックを開会したことは、エレナ・ポニアトウスカ『トラテロルコの夜』に詳しい。多文化共生を求め初めて先住民を公式パートナーとした2010年バンクーバー大会では、会場を繋ぐSea to Sky Highwayによる環境破壊、土地収奪に反対した高齢の先住民活動家ハリエット・ナハニーが、逮捕拘留中に肺炎を発症、釈放後間もなく死亡した。
バンクーバーの反対運動について詳述しているジュール・ボイコフは、オリンピックに伴うジェントリフィケーションを、Celebration Capitalismと呼び警戒している(日本では「祝賀資本主義」と訳されているが、ナオミ・クラインのDisaster Capitalism〈惨事便乗型資本主義〉に基づくのだから、「祝祭型資本主義」などと訳したほうがいいように思うが…)。オリンピックとネオリベラリズムが結託し、種々の規制緩和を受けてインナーシティの再開発、緑地保全地域の開発が計画、大量の資本が導入されて巨大な〈没・場所〉的建築物が増産される。同地に暮らしていた下層の人々の生活は奪われ、上層の人々が移住して土地価格を高騰させてゆく。ニューヨークやロンドンでは、かかる事態がオリンピック以前から進行していたが、ロンドン大会に際して一気に促進、イースト・ロンドン地区の再開発が行われ、同地に暮らしていたアジア・アフリカ系のマイノリティや零細企業が郊外に追われた。強制的な立ち退きには軍や警察の暴力が伴うが、ブラジル・リオ州ではファベーラ地区に軍警察、文民警察が投入され、ワールドカップの2014年には580人、オリンピック前年の2015年には645人が、彼らによって殺害されている。こうした情況下に構築された公権力の監視・管理体制は、イベント終了後も社会統制の手段として踏襲されてゆく。
日本でも、やはりオリンピック安全開催の名のもとに、共謀罪に「テロ等準備罪」が新設されるなどの動きがあった。また、都営霞ヶ丘アパートのほぼ強制的な立ち退き(東京都職員による恐喝的要請があった)、東京卸売市場の同じく強制的な豊洲移転・築地解体が、同一の事象として起きている。前者にかかる明治神宮地区の再開発の問題性は、近年渥美昌純氏によって実証的に明らかにされており、まさに祝祭型資本主義の典型といえる。未だオリンピック招致前の2012年に策定された再開発地域案には、当時JSC(日本スポーツ振興センター)理事長だった河野太郎が主導的役割を果たしており、再開発のための規制緩和の調整には、東京都副知事らが森喜朗元首相や萩生田光一自民党幹事長代行(当時)と面談を繰り返していたらしい。オリンピック開催年の今年、河野が外務大臣防衛大臣、萩生田が文科大臣の職にあるのは、偶然ではないのかもしれない。
なお、メガ・イベントによるクリアランスを遡れば、すでに原口剛氏に指摘のあるとおり、第5回内国勧業博覧会会場建設に際した、長町の移転による釜ヶ崎の成立に行き着く。このとき、博覧会では台湾館・人類館により植民地等の人々が〈土人〉化され、帝国の価値観を内面化されたが、会場外では細民たちが排除され、生命の不当な価値付けが行われていたのである。この構造は、現代の新たな〈帝国〉にもそのまま継承されていよう。