骨を遺棄できる関西とできない関東のメンタリティーには、どのような相違があるのでしょう。

骨を遺棄できるから関西は薄情冷淡で、関東は温厚篤実であるということではないでしょう。講義でお話ししたように、京都の存在によって王朝国家のケガレ観が強く浸透した関西では、骨に対する忌避意識も周辺より高くなったのではないでしょうか。また、葬式仏教化はしていても、本来仏教は死体に執着しない宗教ですし、浄土教でも儚い肉体への固執から解脱するよう勧めます。関西では仏教の緊密な展開によって骨への執着が弱くなり、逆に関東では土俗的な心性が濃厚なまま残存しているといえるかも分かりません。