全学共通日本史(07秋)

「引く」ことが鎮めの意味を持つのはなぜなのでしょうか。

急いでいて、ちゃんと講義でお話しできなかったですね、申し訳ありません。まず、杣において樹木を引き出すことは、それ自体が山の神の世界、樹霊の世界から人間の世界への移動を意味します。〈材木化〉の画期なので、伊勢神宮や諏訪大社でも木曳きが重視さ…

柳を男女の出会い/別れの媒介とすることについて、女性に柳の名が付いていたり、柳に関連していたりするのは、「柳腰」「柳眉」といった言葉にみられるような、理想的な女性像を表すためという可能性は考えられないでしょうか。

柳を女性に見立てることは、そもそもその樹影が女性のしなやかさを連想させたからこそ生じてきたのでしょう。『柳氏伝』や『青邱野談』もそうで、必ずしも婚姻譚とは見なせないものでしょう。問題は、そうした柳=女性をめぐる男女の物語が、柳の持つ神話、…

樹木と人間との婚姻によって生まれた子供は、完全な人間なのでしょうか? 異類婚姻には、木霊以外の精霊との結婚もあるのでしょうか?

樹霊に限らず、異類婚姻によって生まれてくる子は「普通の子」ではない場合が多いですね。よく力が強いとか、何らかの超能力を持っていると語られます。日本最古の仏教説話集(奈良末〜平安初期の成立)『日本霊異記』には、雷神の申し子である道場法師が怪…

里山での樹木伐採を正当化するために、当時の人々が大木の秘密のような呪術的民話を利用したのは理解できるが、その後、同じ目的のために樹木婚姻譚を取り入れたのがよく分からなかった。

樹木婚姻譚は、大木の秘密のように単純に自然への勝利を語るものではなく、樹木と人間との交流を細やかに描いている点がネックですね。授業では背景にある山々の荒廃を強調しましたが、常に樹霊というものの実在を意識している木鎮めの文化、それを担い続け…

とりいそぎ、樹木婚姻譚の単元の参考文献のみリストアップしておきます。『日本昔話通観』『日本伝説大系』などの民話集成を用い、木霊婿入り・木霊嫁入りの話をピックアップしてゆくのも手です。2003cの私の論文の巻末にも、資料を集成した表がありますので参照してください。

・有岡利幸 2004 ものと人間の文化史118『里山II』法政大学出版局・小椋純一 1992 『絵図から読み解く人と景観の歴史』雄山閣出版 1996 『植生からよむ日本人のくらし―明治期を中心に―』雄山閣出版・何清谷校注 2006 『三輔黄図校注』三秦出版社・郭富光 199…

レポート関係の質問です。

Q. レポートの内容は日本を舞台にしなくてもいいのでしょうか。A. 講義の内容を踏まえてもらえれば、他国を扱っても構いません。日本を含む東アジアとの比較もちょっと入れてくれると、なおいいですね。Q. レポートで、地方にある寺の由来として語られる樹木…

日本では、柳は幽霊とともに出てくるイメージがありますが、それはいつごろ形成されたものなのでしょう?

近世の絵画世界で成立するものと考えていいでしょうが、その背景には様々な心性の反映があります。ひとつは講義でも扱った、東アジア全域に及ぶような女性と柳との関わり、別れの象徴であること(死と結びつきやすい)。もうひとつは川の問題。柳は川の付近…

柳は信仰の対象なのに、どれを扱う柳匠はどうして被差別民なのでしょうか

聖/賤が表裏一体で容易に返還されるファクターであることは、人類学・民俗学・宗教学などの分野でよく言及されてきました。最も典型的な事例は「ケガレ」に関わる民俗です。『古事記』上巻の神話世界では、アマテラス・ツクヨミ・スサノヲの三貴神は、イザ…

『史記』に基づいた太秦のデザインですが、これほどうまくはまるとかえって「本当かな」と疑問に思います。その危険性といいますか、関連づけて考えるに際して注意すべきことなどがありますか。

やはり実証性でしょうね。講義で扱った太秦の具体例は、すべて実証できるものです。というのは、『史記』等々の漢籍と太秦とを結びつける記事の大半が、秦氏から派生する惟宗氏の著作物を典拠とするからです。現在残っている「秦氏本系帳」の逸文も、すべて…

オリンピックなどで優勝者に月桂冠が贈られるのも、死と再生のイメージに結びついているのでしょうか。

死と再生の月桂は中国に固有のものです。オリンピックの月桂冠は、ギリシア神話で光明神アポロンの聖樹となった女神ダプネーが、アポロンの頭上に葉を降らせたことに由来します。ただし、ダプネーは川の神の娘ですので、明確には言い表せないものの、東アジ…

「大きな楠がお稲荷さんの使者のキツネの住処になっていたため、それを削ろうとした人の家が火事になった」という伝承は、単なるキツネへの信仰でしょうか。それとも伐採抵抗に関連しているのですか?

樹木の宗教的な力の源は様々に表象され、神祇や木霊そのもののほか、蛇や狐、あるいは妖怪のような存在が宿り主として描かれることがよくあります。木霊そのものではありませんが、樹木の力を分かりやすい形で表そうとした結果なので、伐採抵抗伝承として同…

史料11に「伐採を担った囚人」とありますが、なぜ彼らが担わなければならないのですか。伐採はそれほどリスクがあるのでしょうか。

これは徒刑でしょうね。律に基づく刑罰のひとつで、現在の懲役に当たります。賃金を必要としないので、都城の修営や清掃に便利に使われたのです。

樹木を伐ると洪水が起きるという経験則を中心とした物語はあるのでしょうか。

近代には分かりやすい事例が幾つもあります。私の作成した『環境と心性の文化史』の伐採抵抗伝承集成にもかなりの事例を集めましたが、笹本正治さんの『蛇抜・異人・木霊―歴史災害と伝承―』が、この問題に関する重要な著作です。「蛇抜」とは、鉄砲水を大蛇…

木の神が水を使って洪水を発生させるのは、アジア特有の伝承なのでしょうか。/樹木伐採と川や水害が関係しているのを、古代人が感覚的に理解していたことが印象に残りました。東アジアだけでなく、他国にもありうることなのでしょうか。

論理的にはヨーロッパ等にあってもおかしくありませんが、寡聞にして知りません。4世紀頃の聖人伝など、『日本書紀』の伐採説話とよく似た内容のものが出てきますので、今後気を付けて調べておきたいと思います。

西洋には本当の意味での異類婚姻譚がない、という話が印象的でした。それはやはり、精神性の違いというか、自然に対する考え方の違いや宗教観の違いが原因の一つなのでしょうか。

少し誤解を招くような言い方をしてしまいましたね。西洋には異類婚姻譚がまったくないということではなく、人口に膾炙する典型的なパターンに、魔法にかけられ異類に変わってしまった貴人を救済する系統のものが多い、ということです。いかなる内容の物語が…

冬休み中に樹霊婚姻について勉強しておきたいので、参考文献を紹介してください。

やや専門的ですが、以下が主なものです。基本的な視角は1・2で、より広く事例を学ぶためには3を、木鎮めも踏まえて物語の意味を考えてみるなら4を読んでみるのがいいでしょう。1)中村誠 1974 「樹木信仰と文芸―『三十三間堂棟由来』を中心に―」『國學院大學…

治水と樹木にどのような関係があるのか、よく分かりませんでした。

山間部では、山の木を伐り過ぎるとその保水力が低下し、鉄砲水が起こりやすくなるので、「木を伐ると洪水が起きる」との俚諺や伝承が生じることになります。中国の場合は、講義でも扱いましたが、伐採が農耕開発に結びつくことから、樹木を雨神や水神と同様…

五行説についてですが、木火土金水のなかで木だけが生物です。なぜ生物である木が元素に含まれているのでしょう。また、この五つの要素によって、人間はどのように説明されるのでしょう。身体が土であれば、キリスト教と通じるところがあって面白いと思うのですが。

五行のうち、木は生命を象徴する元素なのです。人間は五行によっては単純に何の要素と分類されず、内臓や身体の各部位がそれぞれ五行で表されます。ちなみに、『古事記』や『日本書紀』の天地開闢神話でも、人間の体は土(厳密には泥)から派生したことにな…

史料7で、なぜ始皇帝は湘山の神が娥皇と知ってなぜ激怒したのでしょうか。彼には祟りを恐れる気持ちはなかったのでしょうか。

戦国時代までの中国においては、人間がなることのできる最高位は〈王〉であり、〈帝〉は神でした。始皇帝は戦国の王たちを尽く滅ぼし、初めて全土を統一したので、人間以上の神に等しいものとして〈始皇帝〉を名乗ったのです。娥皇は尭の娘で舜の妻ですが、…

巴蜀地域には世界樹の信仰があったそうですが、当時の中国でそうした信仰があったのはこの地域だけですか。

『捜神記』で秦文公に伐採されてしまう梓も神樹であったわけで、必ずしも、樹木信仰が巴蜀地方にしか存在しなかったということではありません。しかし、華陽地域の神話に由来する『山海経』が多くの神樹を載せていることからしても、周辺より強かったことは…

なぜ囚人の服に赤が採用されているのでしょう。

私も明確な答えを持っているわけではありませんが、赤は血の色であるために生命力を象徴し、その点から避邪の機能も期待されてゆきました。また、赤色顔料としての水銀丹は、消毒・解毒の作用を持つ薬品であるとも考えられてきました。囚人の服は、その罪業…

髪型がその人の気をコントロールしていたとのことですが、徳や身分の高い人が付けていた冠や帽子は、気を閉じ込めるものだったのですか。

閉じ込めるというより、コントロールして隠しておくことが、成人男性の礼儀であったと考えるべきでしょう。生命力の溢れ出す頭髪を露出していることは、裸で往来に出ることと変わらなかったのだと考えられます。

ざんばら髪は生命エネルギーの放出状態であるとのことですが、同じことは日本でもいえるのでしょうか。

それを明記した文献は寡聞にして知りませんが、やはり中国に由来する宮廷儀礼で節分の原型である追儺式では、疫病を都城から追い出す役目をする方相氏が、ざんばら髪・四つ目の奇怪な姿で表されていました。

「前追」は、平安時代にあった「先駆け」と関係あるのでしょうか。声を発して邪気を払うという点に共通性がある気がするのですが。

根っこは同じでしょう。天皇の行幸の際に犬の吠えるまねをして邪気を払った、隼人の狗吠(くはい)あたりがオリジンでしょうか。

以前に観た歌舞伎の『三十三間堂棟木由来』で、木霊と人間との間にできた子供が、母である棟木を引くというシーンがありました。これはどのように読み解くべきでしょうか。

これは、新年に扱う木霊婚姻譚の典型で、その成り立ち・意味についてはこれから詳しく考察します。「引く」ことには非常に重要な意味があります。

大木の秘密にみる伐採の方法には、各国の伝承間で共通性がありますか。

ある程度は見受けられます。日本の場合、「中臣祭文」を核とする呪術的な伐採法から、単に木っ端を焼くだけという簡易な方法へ数百年かけて変化します。後者の内容を持つ伝承は、現在でも日本中に確認できます。このような変化は、列島に暮らしてきた人々の…

「こぶとりじいさん」なども、マージナルマンになるのでしょうか。

そうですね。こぶとりじいさんは村落共同体の成員ですが、頬に大きなこぶを持つという異形のため、神霊と交換できるマージナルな存在と考えられていたのでしょう。物語の筋からいっても、こぶを失って以降は鬼との関わりが断たれます。内的文脈では鬼を騙し…

マージナルマンは共同体の中へ入ることはないのでしょうか。共同体に入って、その外側との間を往来するような、トリックスター的な役割はないのでしょうか。

重要なのは、境界的であるということが、その人間の本質ではなく、シチュエーションによって付されるラベルに過ぎないということです。例えば旅行者などは、故郷へ帰れば共同体の成員となりますが、旅先では常にマージナルな位置づけをされます。典型である…

中国では、ざんばら髪や着物を左前に着ている人物などは、文明化のなされていない夷狄の表象でした。髪を振り乱した形が魔除けになるというは、このことと何か関係があるのでしょうか。

関係しますね。中国に限らず、文明/非文明という二項対立的な構図のなかでは、文明が開明的な権力を有する一方、非文明の側に文明では推し測ることのできない恐ろしさ、呪術的な威力が見いだされることが多いのです(これは一種の差別意識です)。古代日本…

「伐梓」が、異民族討伐から樹木伐採へ意図的に読み替えられたとするなら、それはどのような目論見からだったのでしょう。

どなたかの感想にもありましたが、やはり自然の征服を象徴する物語へ転換するためでしょう。六朝期の志怪小説には、英雄が神を殺して自然を克服する話が多くみられます。南北朝期、中原への遊牧民の侵入によって漢民族が南方へ移動し、その地で大規模な開発…