東京大学:宗教学宗教史学特殊講義(17秋)

私は小学唱歌「ふるさと」が嫌いなのですが、今日の講義を聴いて一層嫌いになりました。

ぼくもあまり好きではありません。そもそも、遠くにあって思う故郷が創出されるのが、やはり日本の近代なのです。これは、もともと移動性のなかにあった人々の暮らしを土地に縛り付け、家父長制的家族に固定し、租税・兵役負担の安定的な単位とすることが目…

棚田は、効率的に作物を増やすため、積極的に斜面に作られたと思っていたが、場所によっては、水田面積を拡げるため、やむなく柴草山を開発したところもあると知った。

日本の棚田は、斜面下の川原の石を上へ上へ積み上げて畔を作り、上部に水源がないところでは川から水を汲み上げ、灌漑して耕作します。これはかなりの重労働であるため、「棚田を使用しないでも生活が営める」現在においては、観光資源として活用できる以外…

東北では、黒松などが防潮林として藩主導で積極的に植えられていたが、森林の役割自体はこの時期重く認識されていたということでしょうか。

もちろんそうです。授業でも扱いましたが、江戸初期には東北各藩で山林資源の大規模な枯渇がみられたため、土砂災害なども多く、藩主導での植林政策がプランニングされています。近畿の土砂止めの法令も同じですね。ぼくの妻の実家がある秋田の能代でも、「…

白神山地の伐採に朝鮮出兵が関係しているとのことですが、九州から遠い陸奥や出羽で伐採が行われたのはなぜですか。

当時、豊臣秀吉の全国政権が完成しつつあったためです。出羽の大名となった秋田(安東)実季は、小田原従軍以降秀吉に属し、太閤検地を経て長年紛争の続いた所領を安堵されますが、同時に秋田杉の重要性に注目した豊臣政権によって多くの蔵入地を設定され、…

東北や島嶼部など、稲作に向かない地域に対しては、どの程度柔軟に、租税制度を変えていったのだろう。

時代や政権のあり方によっても相違はありますし、環境的に米穀の収穫が難しい地域では、古くから代替物の貢納が許されていました。例えば、奥山にあって雑穀の焼畑や茶の生産を主要な生業としていた宮崎県の椎葉村では、江戸初期にこれを統括していた土豪を…

気候変動と人口の増加とは、どの程度関連性があるのでしょうか。情況が悪くなると生物は多産になるのか、危機感などもその原因でしょうか?

人類社会は自然環境の影響を直接的に受けないよう、文化文明を発展させてゆきます。授業でもお話ししたとおり、現在では古墳時代は寒冷期であったと考えられていますが、その際にも人口は増加し統一王権が誕生しているのです。環境の圧力が高まってこれまで…

樹木から生まれた人間の一例として桃太郎が挙げられていましたが、桃太郎伝説のルーツはヤマト王権のキビツヒコだと読んだことがあります。とすると、桃から生まれたくだりは後付けになると思いますが、これにはどういった意味があるのでしょうか(個人的には、神仙思想のにおいを感じます)。

桃太郎とキビツヒコとの関係はよくいわれることなのですが、しっかりと立証できているわけではありません。ただし、吉備津神社の縁起伝承は、中世後期以降多岐に渡って作られてゆき、人口に膾炙してゆきますので、まったく無関係ではないかもしれません。な…

スサノヲ―イタケルが樹木神の系譜とのことですが、イザナギ・イザナミによって生まれたククノチも樹木神なのではありませんか? 両者の関係はどう考えるべきでしょう。

ククノチは、樹木「神」というより樹木「霊」ですね。古代のヤマト言葉で、神霊を表す語句にはヒ・ミ・チなどがありますが、ミは自然物に宿る精霊的存在です。水の精霊であるミヅチ、火の精霊であるカグツチ、野の精霊であるノヅチなどが該当します。スサノ…

縄文時代の環状柱列や巨大柱列が古墳時代で途絶えてしまうのは、なぜだろう。稲へのトーテミズムと、宇宙樹・世界樹への信仰は両立しないものなのだろうか?

信仰の表層的形式は変わってゆきますが、その構造は概ね維持されると考えられるかもしれません。古い時代の巨樹信仰、柱列信仰は、一部には、諏訪の御柱祭をはじめとして、各地の寺社などに存する神木信仰として残存しています。伊勢神宮の心御柱など、神社…

須弥山像や類似した形の香炉台について、男性象徴であるとのお話がありましたが、これまでの授業に登場していたアジアの立柱にも同じような思想的背景があるのでしょうか? アマテラスが女神とされていることを考えると、神仏に制約を監視させるための依り代が男性象徴というのは、違和感を覚えます。

すべての神聖遺物を男性象徴/女性象徴で解釈するのは無理があるでしょうが、天地を繋ぐように屹立する柱や山には、男性象徴の重ね合わされることが多いことは確かです。縄文時代には、男性象徴を直接的に模した石棒が多くみつかっていますし、環状列石にみ…

仏像においての体骨柱は、宗教的意義もあるかもしれませんが、第一には技術的要因ではないでしょうか?

もちろん、その存在は構造的必要性からです。しかし問題はその点ではなく、授業でもお話ししたように、「体骨柱を立てる」ことが特質的に扱われ、恐らくは何らかの儀礼がなされていることです。当時はあれほど巨大な銅造仏像の先例がなかったため、造立過程…

世界全体のイメージとして樹木が設定されるのは面白い。ドゥルーズが、「ツリーかリゾームか」といったことを思い出したが、これはかなりラディカルな批判ではないか?

系統樹の相対化ですね。世界の中心を巨樹とするイメージはまさに系統樹と重なるものですが、しかし重要なのは枝葉よりも幹です。竹の場合は根が大切となるので、樹木の織りなす文化を細かくみてゆけば、支配的言説への抵抗のよすがとなるかもしれません。

月と兎も再生象徴として結びつくものと思いますが、日本の民話・伝承などでは、狐や狸が異類婚姻で多く語られている気がするものの、兎は少ないように思います。なぜ少ないのでしょうか?

月と兎の関係は、話しませんでしたっけ? いまちょうど論文を書いているのですが、質問のとおり、再生象徴として同じカテゴリーに入ります。兎は生殖能力が高いので、イースターのシンボルなどになる一方、性欲の象徴としても扱われてしまいます。列島社会の…

聖なる樹木・柱には龍蛇が纏わり付くとのことですが、龍と蛇には相違があるのでしょうか?

龍は中国における伝説の動物なのですが、よくわれわれが思い浮かべるような、鹿の角・蛇の身体・虎の目や爪などを持つ怪獣を、普遍的に意味するわけではありません。蛇をモチーフにした神獣はユーラシア全土にあり、漢字文化圏におけるその一般名詞と考えれ…

果実が再生の象徴だとすれば分かりやすいが、植物の部位ごとに伝承を分類することはできないだろうか?またその意味があるだろうか?

それは面白いだろうと思います。ぼくは以前、樹木が伐られることに何らかの抵抗を示す伝承を、列島のなかだけで450個ほど確認しました。ほとんどが、幹に切りつけると①血が出る、②いくら伐っても塞がってしまう、③異類が出現する、④伐った者が病気になる・死…

日本古来の立柱的表象として、まっさきに鳥居を連想した。あれは仏教の影響、神仏習合なのだろうか? / 鳥居も一種のトーテムポールなのでしょうか?鳥は再生のシンボルなのですか?

鳥居に似たものは、確かに、紀元前のインドのストゥーパ遺跡にみられますね。しかし実際のところ、鳥居の成り立ちについては定説がないのです。弥生時代の環濠集落には、鳥型木製品を配した門のようなものがみつかっているので、そうした在来の展開を遂げた…

サバイ草の起源などにみるように、民話や伝承には兄弟が登場する話が多いように思います。兄弟も何らかの象徴なのでしょうか?

民話や伝承で、兄弟や夫婦、両親を登場人物とすることが多いのは、ストーリーを物語るうえで邪魔になる説明が不要だからでしょう。主人公に対立する登場人物を設定する場合、もともと無関係なひとであれば、主人公との因縁など、彼に対する説明が必要になる…

動物から人間が生まれることと比較して、植物からの場合は、生まれる人間が女性の場合が多い気がする。それは植物の生命力や再生力が、女性のそれと重ね合わせられているのだろうか。

授業で中国の竹王伝説を紹介したように、必ずしも女性が多いわけではありません。列島文化では、桃太郎の例もありますしね。一時期の日本では、柳田国男や折口信夫の論を受けて、シャーマン=女性といったイメージが強くありました。しかし、アジアにおける…

トーテミズム研究では、複数の部族が併存する社会において、それぞれの部族アイデンティティを据える役割をトーテムが担うといわれるが、同一地域内に複数のトーテムがあるのだろうか。

中国西南少数民族には虎トーテム、モンゴルには狼トーテム、北方狩猟民には熊トーテムが散在しています。列島社会には、授業でもお話ししたとおりトーテムの痕跡が少ないのですが、よく指摘されるのは、ヤタガラスを祖神とするカモ氏、蛇神オホモノヌシを祀…

いわゆるトーテミズムでは、トーテム対象の殺害・捕食が重要な祭祀となることが多いが、これら植物トーテムでも、葦や竹の収穫・食が、重要視されるのだろうか。

植物トーテムの場合は、食べることはもちろんありますが、それ以外に、植物を素材に作った衣服を着ること、家に住むことに意味があるかと思います。葦の場合には、家の屋根を葺いたり、部材を結んだり、骨組みを作ったり、垣根を作ったり、土と混ぜて壁に塗…

学期末レポートの件についてお知らせします。下記のとおりとなりますので、確認してください。今週の授業で説明しますので、質問はそのときに受け付けます。

【テーマ】秋学期の講義で触れた内容のうち、自分の関心を持ったテーマをひとつまたは複数選び、講義の趣旨を踏まえたうえで、各自調査・考察し、自らの見解を述べること。 【字数】400字詰換算で10枚程度、それ以上になっても構わない。・書式は任意、縦書…

日本神話の研究で、読むべき研究書は何でしょうか?

非常に厖大な研究蓄積があるので、どのような研究の流れがあるのかを把握しておくことが重要です。まず、『古事記』『日本書紀』の相違など前提となるテクストの問題に注目したもの、神野志隆光さんらの研究があります。またテクストの関連で、その言説がい…

『竹取物語』のような植物が重要な役割を果たす神話、昔話は少なくありませんが、それらを体系的に説明している本はありますか?

樹木の神聖性について論じた古典といえば、まずはフレイザーの『金枝篇』でしょう。種々の文庫で読めますが、国書刊行会から完全版が刊行されています。近年の成果では、ジャック・ブロスの『世界樹木神話』、フランシス・ケアリーの『樹木の文化史:知識・…

ギリシャ神話のヒュアキントス、中国『長恨歌』の連理の枝など、神話の悲劇において樹木に化身することを最終的な救いと描くのは、どのような意味があるのだろうか?

ケース・バイ・ケースでしょうが、やはり授業でお話しした、樹木の持つ「永遠性」が強調されるということでしょうね。しかし、ヒュアキントスの場合はもともと植物神であったものが、文芸的な神話の段階において悲劇の主人公に位置づけられたもので、『長恨…

現代を生きる人間が植物と交感することは、不可能に思えてなりません。雑草は抜く、花を付けたり秋に色づいたりする「よい」草木だけは管理する。自分勝手に扱うことを「緑化」だとかいっているのが、とても自己中心的、自己陶酔的だなと思います。美しい部分だけを切り取って人の手で管理するものを「自然」とばかり思っているのは、改めるべきだと考えました。

そのとおりですね。とくに現代日本はその傾向が著しく強く、それによって自らの正当化と、「日本文化」なるものの称揚を図っています。この講義では、そのことを破壊する話を最後にする予定です。

『竹取物語』と『斑竹姑娘』、なぜ後者はハッピーエンドなのでしょう?

これは一概にはいえないことなのですが、私は異界と人間との交流を描く物語のうち、ハッピー・エンドを持つものは成立が新しいのではないか、あるいはかつてバッド・エンドであったものが変質したのではないかと考えています。なぜ悲劇的な結末に至るのかと…

『竹取物語』を人と植物というテーマで扱う場合、かぐや姫は「人」と捉えるのでしょうか?

ああ、確かに難しいですね。『竹取』の文脈に則していうならば彼女は天女で、もともと神仙世界である月に住まう者です。それが何らかの罪を犯し、地上世界へ流謫されている。すなわち異界の存在ですが、しかし神仙は人間が修行を重ねてなるものと考えれば、…

人民のことを「民草」というのは、「蒼生」「青人草」から来ているのでしょうか?

「民草」は「民の草葉」の略語で、放っておいても増えてゆく様子を庶民に譬えたもののようです。その起源にはやはり「青人草」があるのでしょうが、そこにはもはや、トランス・スピーシーズな想像力は働いていないものと思います。雑草のような民という、上…

日本以外の国の神話では、人間の起源について詳しい記述があるのでしょうか。

東アジアにも、多くの人間の起源が語られています。中国の河南省では、半人半蛇の男女神伏羲・女媧のうち、女媧が泥をこねて人間を創造した、ゆえに人は死ぬと土に帰るのだという神話があります。中国の西南少数民族には、世界を破滅させる洪水を乗り越えた…

他の授業で、記紀における初発では「三柱が高天の原に成った」と解説されており、その起源や経緯が不明瞭なままでしたが、やはり「神が成る」という行為・状態はうまく説明できないものなのでしょうか?

そうですね、まずは近代的な意味での論理性をもっては語られない、ということでしょう。論理とは細かく分節することですので、詳細な論理が付属すればするほど、共有できない感性や思考も生じてきてしまう。するとどうしても、その神話が伝承される範囲も狭…