◎11に、100歳以上の人民を顕彰する命令があったが、そもそも天然痘が流行しているこの時期に、そこまで生きていられる人がいたのだろうか。

長寿者の褒賞を行うことが天皇の徳の喧伝になるわけですが、対象が何歳であるかは本質的な意味を持たないのです。なお、奈良時代に百歳に到達した庶民は時折あったようです。例えば、宝亀4年(773)の太政官民部省に下した官符(『大日本古文書』21-283)では、賑給の対象になっている9703人のうち、冒頭に「百歳一人(女) 九十歳已上十五人(男五人/女十人)」と掲げられています。やはり、女性の方が長生きだったようです。