奈良時代を710-784と考えるのが一般的ですが、社会構造や制度を考えればもっと前から、としてもよさそうな気がします。なぜ都基準に時代を考えるのでしょう。

一連の講義の最初のあたりでお話ししたと思うのですが、「時代区分」はあくまで参照すべき枠組み、必要悪に過ぎません。日本史が伝統的に政治的中心の置かれた地名をもって時代区分をするのは、政治史偏重の表れであり、政治史・国家史を歴史の中心に据えた近代以前の考え方の継承です。ご指摘のように、政治構造・社会構造のあり方からすれば、もっと本質的な区分ができるでしょうね。私自身は、社会の変移を連続的に捉えることが重要とみていますので、あまり画期を設けて区分をするという方法を好みません。当時生活していた人々にとって、時間に亀裂が入るわけではありませんからね。社会構造を通じて区分をしたとしても、そこで本当に分けられるのか、はっきり峻別できるのかという疑問は残ります。であれば、あくまで便宜上のものであるとの自覚のうえで、現状を駆使しても大きな問題はないのではないかと考えます。