司馬史観は、どのような経緯で発生したのでしょう。また、どうしてある程度世間に共有されるような思想になったのでしょうか。

司馬遼太郎は、一時期、国民作家ともいえるほどに「読まれた」、時代小説家でした。『竜馬がゆく』『花神』『翔ぶが如く』『最後の将軍 徳川慶喜』『功名が辻』など、NHK大河ドラマ化された作品も多く、他の局のドラマ、映画になった作品も数えきれません。『竜馬がゆく』などは、現在の坂本竜馬のイメージを決定づけ、その人気を確立した小説といえます。『街道をゆく』『明治という国家』などの評論も多く、やはりNHKなどでドキュメンタリーが制作されています。日露戦争において活躍した秋山兄弟を主人公とする『坂の上の雲』は、やはり司馬の代表作といえる長編で、明治時代を日本の青春時代として瑞々しく描いています。坂本竜馬西郷隆盛を英雄化することで明治維新を肯定し、その結果生み出された明治を「荒々しくも輝いていた時代」と評価する。その正義感のなかで、拡大する西欧帝国主義に対抗すべく発展していったのが日本なのだ、という位置づけです。戦後の日本社会においては、とにかく第二次世界大戦の惨禍が生々しく、その戦争を肯定することはできない。しかし、近代日本のすべてを否定することはやりきれない。そうした国民感情を満足させるものとして、司馬の作品が広く受け容れられていったのだと考えられます。