Sさんの報告についての講評

 翻刻は概ねよくできていましたし、奥書や蔵書印にも気を付けていてよかったです。だだ一点、兼右独特の省略的な訓の付け方(例えば、8頁7行の「葬(ミ)」をミハフリと訓むことなど)には、もう少し注意が必要でしたね。レジュメは簡にして要を得た施注でしたが、もう少し、個人的に関心の持てるところがあればより高評価でしたね。内容的には、入鹿の勢威を表現するうえで、「道に落ちているものを盗む者がなくなった」という言説を用いているのが印象的です。報告にもあったように、これは、必ずしも入鹿を貶めるような記事ではありません。中国の史書では、よく官僚の統治能力の高さを示すための常套句として使われます。蘇我氏を悪臣に仕立て上げようとするのが『書紀』の立場ですが、このようなイレギュラーな記載は、蘇我氏の真の姿を窺い知る手がかりになります。