春学期の「日本史概説」では、アニミズムに基づく神殺しの問題が出てきました。生き物を殺して利用しても生命を奪ったことにはならないという発想は、樹木の場合にも適用されたのでしょうか。つまり、樹木を伐ってもその精霊は残ると考えていたのでしょうか。

そうです。樹木にも生命の根源としての精霊=樹霊が宿っていると考えられており、この樹霊を木で作る邸宅や船舶の守護神に転換する祭儀(木鎮め)や、イヲマンテと同じく精霊の世界へ送り返す祭儀(木霊送り)が、古代から連綿と受け継がれてきています。例えば前者は、木材を取りに山には入る許可を山の神に貰う山口祭儀、目的の木を伐る許可を樹霊や山の神に貰う木本祭儀、伐り出した木材を組み上げつつ樹霊を守護神化する建築祭儀といった、主に三段階の祭儀で構成されています(実際には各段階がさらに複数の祭儀に細分化されていました)。これらは古代に林業地帯で開始され、木材を多く用いる宮廷や神社に受け継がれ、現在でも伊勢神宮諏訪大社などでみることができます。現在でも一般家庭に残っている地鎮祭や棟上げも木鎮めの一環ですし、よく劇場の創立公演の意味で使われるコケラオトシは、もともと樹霊や山の神の力が宿った木屑(コケラ)を払い落とす儀礼を意味していました。