『史記』にも剣の舞を舞いながら相手を刺そうとする場面があったように思いますが、日本もそのような影響を受けて武器を持った舞が発達したのでしょうか。 / 舞を舞ううえで剣や鈴を用いることには理由があるのでしょうか。

中国の影響は強いとは思いますが、もちろんそれだけではなく、在来系には在来系の独自の発展過程があったと思われます。弥生時代の土器や銅鐸には、すでに鳥の格好をして武器を持った人々の姿が描かれており、演舞もしくは模擬戦の様子を表現したものではないかと推測されています。いずれも稲作の豊穣を願うものと想定され、後者には占いや予祝の要素も入っているのでしょう。武器は邪気を退ける祭具でもありますから、在来系の舞には農耕祭祀としての性格が色濃いのではないかと考えています。