王衍風鑑、許劭月旦

【レジュメの訂正点(主要なもの)】
・報告で省略されていた箋注部分の訓読は以下のとおり。
 テキスト右頁l.5.……「寧馨はなお此くの如しと言ふがごとし。晋人の語なり」(「寧馨」とは「このような」という意味の晋の言葉である)。なお、この箋注を無視して、下記【スキル】のように読むことも可能です。
 テキスト右頁l.9.……「籍甚は到る処称讃さるること甚だしきを言ふ」「虚無の理は空と曰ふ」
 テキスト右頁l.11.……「古人の書に黄紙を用る。その改竄する者、雌黄を以て誤字を滅す」(古人の書には黄紙を用いていたので、改竄する際には雌黄で誤字を塗り潰した)、「翕は合なり、同口を言ふなり。後漢李膺は人となり慕はるるところ、其の容接を被る者有らば、名づけて登龍門と為す。此れ魚を以て喩と為す。龍門は水険しく、魚鼈よく上がる莫し。上がることを得ば、則ち龍と為る」
 テキスト左頁l.1.……「景は仰なり」
 テキスト左頁l.4.……「勒衍を呼びて与に語り、衍自ら説くに、「少より事に預からず」と。故に勒怒りて云はく」(石勒は王衍を呼んでともに語り合ったが、その際に王衍は自ら「若い頃より国家の大事とは無関係でした」といった。だから石勒は怒って云ったのである)
 テキスト左頁l.5.……「填は塞なり、圧殺を謂ふ」
 テキスト左頁l.9.……「人を〓(人+疑)するは必ず其の倫に于す。此の語の二字を摘て、人を評論するを人倫と曰ふ」(人を比べるにはその同類との間で行う〈これは『礼記』曲礼よりの引用〉。この文言の二字を採って、人物を評論することを「人倫」というのである)
 テキスト左頁l.11.……「目は題目なり。品藻を命けて題目と為す」(目とは題目のことである。品定めのことを題目というのだ)
 テキスト右頁l.1.……「覈はなお実がごときなり」
・「子貢」(レジュメp.1-l.11)……授業中も指摘しましたが、王衍が自分を準えていたというこの人物が重要です。孔子の弟子、いわゆる孔門十哲の一人で、とくに弁舌に巧みなことで有名でした。また、『史記』貨殖列伝に載るほど商才にも恵まれていたらしく、王衍の心のありようについて考えるうえで重要な意味を持っています。本当に世俗に関心のない男なら、彼を模範には仰がないと思います。
・「曹操がまだ目立たない存在であった頃、言葉は下品だったが」(レジュメp.9-l.7)……「辞を卑くくして」の現代語訳ですが、これは謙譲の態度を指し示しており、「礼を尽くして丁重に」と翻訳すべきところでしょう。
【注意すべき漢文訓読のスキル】
・「何物老嫗生寧馨児」(レジュメp.1-l.5)……注釈書では「何物の老嫗ぞ寧馨児を生む」と読ませていますが、「寧」は「いづくにぞ(どうして)」と訓みますので、「何物の老嫗ぞ寧ぞ馨児を生む」とした方が分かりやすいかもしれません。「何物の」はそのまま「いかな(いかなる)」と訓んでしまってもいいですね。
・「為人」(レジュメp.2-l.10)……文脈で判断しなければなりませんが、おおむね「人となり」と訓みます。「彼の人となりは立派だ」というような意味での「人となり」ですね。
・会話文の書き下し……分かりにくいことが多いので、「○○曰く、「……」と。」などとカギ括弧で括った方がいいでしょう。日本語古文の訓読では、「○○曰く、「……」といふ。」などと書き下すのが普通です。
・「填殺」(レジュメp.2-l.5)……やや不思議な表現です。王衍を捕らえてあった建物を破壊して、そのまま圧死させてしまったということでしょうか。
【テーマについて】……いずれも人物評価に関わる話ですが、評価する側のありようによって評価の内容が変わることも重要です。「王衍風鑑」の内容には一貫性がなく、王衍が本当に立派な人物であったのかどうか、現在の私たちとしては不審に思えますが、それも批評者の立場によって彼が賞賛されたり批判されたりしてきたためでしょう。史料の叙述態度自体も問題視する必要がありますが、王衍の人となりの複雑さについてより深く考えてみることも大事です。石勒に対する発言は本当に命乞いの遁辞だったのか、それとも兵事に疎い自分を司令官とした朝廷への批判だったのか、追究すべき意義はありそうです。「許劭月旦」にある曹操のエピソードも同じです。加藤君の報告では「政治に関心のないこと」が強調されていましたが、中国王朝においては、仕官を断って野にあることがそのまま時の政権への批判を意味していました。すると、許劭も単なる隠士ではないことになります。