縄文期の集落は海辺のものと山辺のものと文化的な差異があると聞いているが、後者における再生の象徴は猪として、前者では何が象徴だったのだろう。
講義でお話ししたように、海辺で捕食される特徴ある動物としては、イルカ、シャチ、クジラなどがあります。これらの骨が、猪の頭骨とともに円環状に配置された例はみつかっていますので、猪と同じような扱いを受けていたのは確かでしょう。しかし個人的には、海を舞台に活躍した人々は、イルカ等の海洋性ほ乳類よりも、月を主な再生モチーフとしてみていたのではないかと思います。月は満ち欠けによって死と再生を表しますが、海上航行者にとっては時間・方角などの指標として珍重されたようです。太陰暦と関係する月読命という神がありますが、玄界灘の壱岐など、海洋系の氏族が活躍した場所に多く分布しているのはそのためらしいのです。もしかすると円環自体が、直接的には月をイメージしたのかも分かりません。