「死者を扱う歴史学」というお話がありましたが、例えば現存する美術品などを対象とする美術史は、どういった視点で捉えればよいと思いますか。
美術「史」のアプローチとしては、大きく分けて、作家個人に注目してその成り立ちを探る作家論と、時代的・社会的背景に注目する作品論とがあると思います(象徴的分析、図像学的分析も含む)。美術評論ではなく歴史学としての美術史の場合は、後者が盛んでしょう。とくに近年、権力の問題に注目するニューヒストリーの影響が強いように思われます。しかしいずれにしろ、芸術とそれを生み出す人間とを切り離して考えることはできません。古代や中世の人々は、「自然」や「世界」、「宇宙」をどのようにみて、いかなるものとして思い描いていたのか。それらは、どのような希望や願望、あるいは絶望を反映して芸術作品に結実したのか。また、そのようにして生まれた作品たちは、その後いかなるものとして人々に捉えられてきたのか。そこには当然のごとく、現在を生きる私たちと死者たちとの関係が浮かび上がってきます。長い時間を生き抜いてきた作品たちは、多くのみえない死者の声に支えられています。その声のひとつひとつを蘇らせてゆくことは、美術史家の重要な仕事のひとつではないでしょうか。