史料2のワニの話は、互いに命や肉体を差し出しあっているのは分かるのですが、史料1には虎が単に「噛みついてきた」とあるので、契約を結ぶ云々より、ただの殺し合いにしか見えないのですが。

史料1にしても2にしても、現実における人間と猛獣との関係が「ただの殺し合い」であることは前提で、それがいかに表象されていたのかを考えることが重要なのです。史料1の虎は中国や朝鮮で熊と並び神としての扱いを受けてきた獣であり、膳臣もその交渉において、きちんと神に対する口上の作法を遵守しています。この種の物語は中国の神殺し譚として多く確認できますが、もともと動物神に供犠を行って毛皮や肉を得ていたものが、神殺しを通じて恩恵を搾取する形式へ変質したものと考えられるでしょう(その際、供犠を強制されたことへの報復という形式を採ることは、日本のヤマタノヲロチ神話にもみることができます)。記事の出所から考えますと、上記のような変容を遂げた伝承が朝鮮半島にあり、それが対外交渉に従事していた(しかも狩猟・漁労の文化的特質を保持していた)膳臣に伝えられて、現在読みうるような姿に整理されたものではないでしょうか。本来は狼に対処するための「舌を捕らえる」方法が、虎に対するそれへ誤伝されたのも、そうした紆余曲折が原因であったように思われます。