恐怖による殺戮と神としての信仰という狼の二面性について、なぜそれほどまで隔絶した印象が生じたのでしょうか。

日本列島で崇められている神格は、このような極端な両義性を持つものが多いのです。例えば『古事記』『日本書紀』の神話で有名なスサオヲにしても、一方ではヤマタノヲロチを倒すような英雄性を発揮しつつ、一方では彼の泣き叫ぶありさまによって草木は枯れ、人は夭死するなどの大災害をもたらしたりします。皇室の祖先神であるアマテラスでさえ、実は、数ある神々のなかで、史料上最も天皇に祟った神でもあるのです。オオカミもその強力さゆえに畏怖され、信仰された存在なのでしょうが、実物としての狼と神=表象としての狼の間には次第に乖離が生じ、人間の利害意識の前に滅亡することとなるのでしょう。