入鹿暗殺の情況を、なぜ偽ってまで書き残さねばならなかったのか。そんな事実は、闇に葬ってしまえばよかったのに。

後に述べてゆくことになると思いますが、「王権を浸食していた奸賊蘇我氏を排斥した」こと自体は、改新政府の正当性の根拠であり、むしろ喧伝しなければならなかったことなのです。これは奈良時代にも律令国家の神話となり、奈良王朝を正統付ける根拠のひとつとして用いられ、中臣鎌足の子孫である藤原氏においては、中世にも自らの権威を支える歴史として伝承されてゆくのです。