日本人の歩き方が、かつて手と足を同時に出していたのは、刀を抜きやすくするためであるというのを、剣道の授業で聞いたことがあります。

武術の身体として鍛錬されたものとしては、そのような説明の仕方になるでしょう。しかし、実際には刀を使用しない農民、町民らも同じような歩き方をしているので、全般的な説明にはなりえません。一般的にナンバ歩きナンバ走りは、西洋的な歩行・走行と比較して、速度は出ないが疲れにくい、腰が据わっていて重い荷物などを運搬するのに適している、高低差の激しい道を行くのに適している、などの特徴が挙げられています。例えば体育史研究の近藤義忠氏は、「かつての日本人が厳しい環境条件(難場)に立ち向かって働くために長く続けた姿勢や労働の技法が範型」と述べています。重いものを長時間背負う・担ぐ、足下を慎重に踏み固めつつ田畑を耕し鍬を振り下ろし進む、移動性の少ない・走らない・座ったままの作業の多さ(「立ち働き性」「定常円環運動性」)が、そうした所作の根底にあるというわけです。農耕のみにかかわらず、山地の多い列島における狩猟採集について考えてみても、急峻かつ狭隘な山道を移動して小動物を狩るためには、平地でスピードを上げる徒競走的走りより、静かで疲労しないナンバ的動作の方が合理的だったのではないかと思われます。