中臣連の根拠地は摂津とのことですが、なぜそんなに飛鳥と離れていたのですか。土地が一族の命運を分けるように思うのですが。

中臣氏は、やはり百済を介して輸入した中国的な卜占=亀卜と、在来の祭祀・修祓の斎行、神話=歴史の管理を担うため、占部・卜部などの伴造として編成された氏族です。飛鳥地域に根拠地がないわけではないのですが、摂津のそれの方が勢力基盤として大きいのは、彼らが新しい氏族だからでしょう。その編成の時期は、難波地域に王権が展開した古墳中期に当たるのかもしれません。