以前、蘇我氏に付されている「入鹿」「蝦夷」といった名前は、実名ではなく、『書紀』を記した人の悪意によるものだと聞いたことがありますが、本当でしょうか。

そのような説明が多いのですが、大部分は古代史を一部しか知らない人たちの臆説です。エミシという言葉は、『書紀』のなかでも、もともと「強力な人」との肯定的な意味合いで使用されていました。東国や東北は肥沃な地域で、そこで生活している人々は強力な武力を持つ、そうした畏敬の念を含みエミシと呼ばれたのです。よって奈良時代にも、例えば「佐伯今毛人」のように、エミシを名乗る人物がいます。ただし、「蝦夷」という表記は中華思想に倣って作成した差別的なもので、7世紀当時は、蘇我エミシはこのような表記では書かれていなかった可能性はあります(ただし、当時は漢字表記が統一されていないことも多かったので、この点は少々曖昧です)。また動物に因んだ名前も、動物の持つ神聖な力を共有しようと願うアニミズムによるもので、近代のように人間/動物を峻別したところから生じるような差別名称ではありません。政争で敗れた人物のほかにも動物名称を持つものはありますし、例えば持統天皇なども「鸕」野讃良が諱ですので、自分の名前のなかに動物を持っていることになります。