そもそも神話とは何なのだろう。神話とは誰かが作り、それが広まったものなのか、それとも人々の生活のなかで伝えられてきたものをまとめたのだろうか。

世界そのもの、あるいは世界を構成する諸要素の起源と、現在に至る過程を物語ることで、個人なり、何らかの共同体なりの生活を規制するのが、そもそもの神話のあり方です。一般的には「古代に語られたもの」を指す場合が多いのですが、現在では、中世には中世の、近世には近世の、そして近代には近代の特徴を持った神話が語られていたことが分かっています。例えば、古代神話においては皇祖の女性神とされた伊勢神宮のアマテラスは、中世神話の一説では蛇体で表象されており、近世神話の一説では男性と伝えられていました。時代によって、同一の神話でもその内容は変質し異化されてゆくのです。また、それぞれの時代のなかでも階層によって神話のありようは異なる場合があり、一氏族には一氏族の、地域には地域の、民衆には民衆の、宮廷には宮廷の、国家には国家の神話が構築され機能していました。それぞれ、集団の規範と重なる部分はあるものの、目的とするところは異なりますので、比較や総合を行う際には注意が必要です。例えば、たとえ同時代の神話であっても、民衆のそれの欠落した部分を、国家のそれで安易に補うことはできません。よって、巷間に流布しているような単純な比較神話のように、王権・国家レベルにある日本の『古事記』『日本書紀』などの神話を、芸能・文学レベルにあるギリシャ神話、北欧神話などと安易に比較することはできないわけです。