これまでは農業=自然=神だと安直に考えており、それらに回帰することが持続可能性なのだと思ってきたが、今までの講義を受けてきて、そうではないかもしれないと考えるようになった。だとすると持続可能性とは何なのか、よく分からなくなってしまった。先生のお考えをお聞きしたいです。
持続可能性自体の意味を問うことが、まず重要です。一般的にいわれる持続可能性とは、人間が現在の文明の水準を維持するために、自然環境をいかに破綻なく使用してゆくか、その「持続」を指示しています。すなわち、人間の利益に立った利己的なものでしかなく、「エコ」とはecologyよりもeconomyに重点を置くものなのです。しかし、本当にそれでよいのか。その思想の行き着く先は、自然に対しても人間に対しても、徹底的に管理しコントロールしようとする状態でしかありません。江戸幕府を開いた徳川家康には、「百姓からは、生かさぬように殺さぬように搾取せよ」といった意味の発言が伝わっていますが、人間が自然に対して行う搾取の形、「持続可能性」も同じようなものです。なかなか正答は出せませんが、人間が自らの欲望を解放するあり方を維持しようとすれば、いかなる施策も破滅の先延ばしにしかならないでしょう。