これだけの規模の古墳を造るには相当な時間がかかったと思うのですが、その間に被葬者の遺体が腐ってしまい、埋葬できなくなるといったことはなかったのでしょうか。

中期古墳のような巨大なものの場合、「寿陵」が多かったのではないかといわれています。すなわち、被葬者自身が生前に自分の墓を作っておく、という形式ですね。即位と同時に築造し始めて、竪穴式石室の閉塞のみ中途にしておけば、死亡時に埋葬場所がないという事態にはなりにくい。この場合、石室閉塞と首長霊継承祭祀を担うのは次期首長ということになります。たとえその大王が簒奪者だとしても、大王として君臨するためには前首長の古墳を完成させる必要がある。その意味でも、合理的な解釈かもしれません。