ある授業で、前近代には森林伐採=悪とは考えておらず、そういう概念は最近のものだと習いました。『もののけ姫』の関連なのですが、実際のところはどうなのでしょうか。

確実にありますね。近現代的な意味での〈悪〉とは異なるかもしれないのですが、日本列島においては、すでに古代の時点で、自然環境に対する開発により神々との軋轢が生じるという、『もののけ姫』を地で行く伝承が確認できます。これらは、開発に対して自然を表象する神々が怒って災いを下し、それを天皇の権力などを通じて抑え、正当化するものなのですが、まず神々が開発に対し災いを下すこと、そうして正当化をしなければいけないところに、伝承を生み出し維持していた人々の罪悪感をみることができます。また東アジアまで範疇を広げると、春秋・戦国の諸子百家の時代に、自然環境の調和を乱す人間の賢しらな行為が災いを招く、という考え方がみえます。儒教には人為を是とするものもありますが、老子墨子といった思想家は、例えば人間が器械を発明し開発を合理化させることに対しても激烈な批判を加えています。開発=悪といった思想は近年のものという考え方は、単なる無知以外の何ものでもありません。