トーテムは日本には存在しないのでしょうか。

授業でも少し話をしましたが、ヤマト王権はもともと樹木トーテム、葦トーテムであった可能性があると考えています。『古事記』では、神霊が生まれてくる様子をアシカビと表現していますが、これは低湿地の水のなかから、葦が勢いよく伸びてくる、生命力の横溢した様子を示しています。また、人間のことをウツシキアオヒトクサ、「青人草」と表記している。後者は漢語的な、「草のような人民」程度の意味しかないのかもしれませんが、中国の少数民族の間には、人間は樹木から生まれてきたとの始祖神話も多く残っています。神祇信仰のなかに残る神木崇拝・立柱信仰の強固な風習や、樹木伐採をめぐる多様な祭儀のことを考えても、列島文化において樹木が特別な存在であり続けていることは確かでしょう。なお動物トーテムについては、烏トーテム、狐トーテム、熊トーテムなどの痕跡が確認できます。伝説上の存在かそれとも実在する動物を指すのかは議論がありますが、天皇家などは、ワニ・トーテムの血が混じっています。本当はもっと多様なトーテム文化が残っていておかしくないのですが、稲作至上主義をめぐる生業の画一化を通じて、それらは多く破壊されてしまいました。いうなれば、すべて稲トーテムに取って代わられてしまったようなものです。