観音の千手が鎌首をもたげているようにみえるというのは、どうもピンときませんでした。根拠に乏しい気がしました。

そうですか……いや、講義でもお話ししましたが、観音が龍蛇と信仰を共有することは、日本においてはむしろ一般的なんですよ。観音はその所依経典である『妙法蓮華経』観世音菩薩普門品、その抽出である『観音経』にさまざまな霊験・功徳が書かれていますが、インドから中国、日本へ至る間に踏襲されてきたのは海難救助で、多く水難に対し霊験があるものと考えられてきました。観音の聖地はポータラカ、漢字を当てると「補陀落」と書きますが、これは海に臨んだ岬のような場所と認識されてゆきます。日本における観音最大の聖地、熊野もそうで、那智の滝をはじめ豊かな水に溢れる場所ですから、必然的に龍蛇信仰も強い。東京では浅草が典型的で、もともとは隅田川砂州で大低湿地帯であり、古くから龍蛇信仰が盛んでした。同地で最も古く中心的な浅草寺は観音中心に安置しており、山号は蛇神伝承に起源する「金龍山」です。同じく浅草の主要神格である待乳山聖天には、蛇を観音の化身とする伝承も残っています。蛇神信仰の強かった日本列島では、他にも弁財天などの仏教的神格が蛇と習合し、半人半蛇で表現されたり、頭に蛇を冠する姿で造型されています。大悲山の蛇神殺し伝承にも、本来性を超越した存在であるはずの観音が少女に化身して出現しますし(物語を読んでいると、蛇神=少年を誘惑し蛇になった女性と区別がつかなくなる)、観音を蛇神と同体のものと信仰していたとしても、実はまったく不自然ではないのですよ。