古代の日本人は、自分とは異なる存在を畏怖の念をもって神と祀ったと思います。そうした意味でいえば、ハンセン病患者も「神」に当たるのではないかと思うのですが、なぜ差別に繋がったのでしょうか。

確かに、前近代の列島社会においては、他とは異なる障がい者を神聖なものとして遇する風習もあったようです。北海道洞爺湖の入江貝塚から出土した縄文期の人骨「入江9号」は、小児麻痺により四肢の動かなくなった女性が、成人するまで生存していたことを明らかにしましたが、これなどは恐らくシャーマン的な役割を期待されていたものでしょう。これはいうなれば、他とは異なる障がいを「聖痕」とみなして尊んだものです。平安初期の仏教説話集『日本霊異記』下19には、肉塊のような容姿の女性が高徳の尼になる一代記が語られていますが、これも同様の事例と考えてよいでしょう。これらは一見尊崇されているように映りますが、実は、特定の生き方を強要され、通常世界から排除されて生きることを余儀なくされるという点で、差別にほかならないのです。よく注意して事例を分析することが必要です。また、人を神として祀る風習も、文献的に確認できるのは『続日本紀』養老2年(718)4月乙亥条が最初で、九州で善政をなし死後も民衆に神として祀られたという道君首名のものです。今後も慎重な検討が必要でしょう。